労働人口の減少から女性が職場で活躍することは不可欠であるが、子どもを持つことが先送りされた結果妊娠に至りにくくなる「社会的不妊」と不妊治療と仕事との両立に悩む「不妊退職」が起こることで、ますます少子化が進展している。これまでの少子化対策は妊娠後からの子育て支援に重点が置かれ、婚姻や妊娠に至りにくい社会状況を改革するための施策(経済・雇用や男女共同参画を包括した具体的施策)が行われていない。そこで本研究では、不妊が社会と経済に及ぼす影響を検討し、少子化の是正に必要な対策や重点を置くべき課題を明らかにすることを目標とする。
晩婚化により加齢で不妊に悩む夫婦が増えている。不妊を心配したことのある夫婦は3組に1組を超え、子どものいない夫婦では55.2%に上っている(国立社会保障・人口問題研究所、2016年)。現在の日本では、不妊夫婦の比率は10〜15%とされ、徐々に増加してきており、この原因は主として男女ともに結婚年齢が上昇していることとされている(日本産科婦人科学会、2014)。日本で2015年に行われた体外受精は42万4,151件で、赤ちゃんの約20人に1人が体外受精で産まれており、件数も出生数も過去最多を更新している。治療を受けた女性の4割が40歳以上であるが、40歳に近づくと出産成功率が低くなるため、不妊治療の公費助成は治療開始時に女性が42歳までとなっている(毎日新聞2017年9月12日朝刊)。
不妊治療は費用負担が重いことは知られているが、不妊の社会経済的分析は進んでいない。日本では、不妊治療は自費診療で行われ、1回あたりの体外受精や顕微授精の治療は約30〜60万円である。一部の医療機関では妊娠に至った場合の成功報酬を設定しているなど、医療機関ごとにその報酬体系が異なっている。保険診療ではないため国の統計データが得られず、不妊治療の社会経済的評価は進んでいない。
不妊に関する先行研究は、卵子・精子を体外で受精発育させた治療方法で妊娠を試みる生殖補助医療(ART)関連が主流である。生殖補助医療の介入効果のレビュー(Cochrane Review、2014)、生殖補助医療の意思決定とその支援(三尾他、2017)、生殖補助医療を経た子どもの疾患の状況(Hansen他、2013)などの医学的観点からの分析である。
不妊の労働と健康に対する社会経済的影響の検証をすることは、今後の少子化対策を考える上で鍵となるのではないか。日本の将来人口動向は、2010年に比べて生産年齢人口(15〜64歳)は中位推計で2,378万人減少する(国立社会保障・人口問題研究所、2012年)。女性の職場での活躍は不可欠だが、子供を欲しいと思っていても労働環境が整わない状況を背景に、結婚・出産を先送りにした結果年齢的に妊娠しにくく不妊になる「社会的不妊」と不妊治療と仕事の両立に悩む「不妊退職」が起こっている。20〜40代の働き世代の退職は職場と社会にとっても大きな損失である。家族形成期の世代への不妊治療支援を含めた両立支援は、仕事とライフイベントを両立しながらキャリア形成する上での最初の一歩であり、両立不安を感じている人々の出産の社会的機会を広げることが期待される。
本研究は、国立大学法人大阪大学医学部附属病院の学内審査(承認番号19371)と他施設(一括審査)(承認番号TH19371)で2020年2月に承認を得ています。
臨床研究のうち、研究対象者等(患者さんや調査対象者等)への侵襲や介入もなく、診療情報やアンケート調査票で得られた情報のみを用いた研究や、余った検体のみを用いるような研究については、国が定めた指針に基づき、研究対象者等のお一人ずつから、必ずしも直接同意を得る必要はありませんが、研究の目的を含めた研究の実施についての情報を公開し、さらに拒否の機会を保障することが必要とされております。
このような手続きを「オプトアウト」といいます。